「消防」と「防災」と

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私が赤い車に乗る仕事を始めてから既に四半世紀が経ちました。

消防士として、

真っ赤な消防車に乗り、燃え盛る火の海へ。
そして、そこに待つ人々のために自分の危険を顧みず進入(はい)っていく。
少しでも自分が人の役に立てることがしたい。

火災に限らず救助救急険排除
指令が流れれば必ずそこには助けを求めている人がいる。
だからそこに向かい、市民の命と財産を守る。

そんな思いでずっと災害現場一筋で勤務をしてきました。

でも今は『災害現場』だけが現場だとは思っていません。

むしろ平常時のほうが大切な現場だと考えています。

私が新たな使命感を抱くこととなる転機が訪れたのは、平成23年3月。

「東日本大震災」での被災現場に緊急消防援助隊として赴いた時でした。

10時間以上をかけ現場に到着し、津波に襲われた上に火災にみまわれたその地域を見たとき「ここに生きている人はいるのか?」と感じたのが私の正直な感想です。

しかし、私たち消防隊の任務は災害に遭った市民の命や財産を守ることです。被災した地域を取り残されている人がいないがを探して1日中歩き回りました。

被災地にいたのは3日間、たった3日間の活動でしたが、私の心の中に大きなモヤモヤを発生させるには十分な期間でした。

歩いても歩いても、見渡す限りの瓦礫の山。
そして瓦礫の間で巡り合う人は既に息を引き取りてしまった方ばかり。

勿論、「亡くなった方を家族の元に返すこと」も「救助」だということは消防隊として水難救助隊として任務に就いた時からいつも当たり前のこととしてやってきたことです。

でも、、、

私が被災地に入ったのは発災から震災4日目です。私たちが亡くなった方への対応をしているその時も寒さや餓え、そして不安を耐えて避難所で身を寄せあって過ごしている人たちがいたということです。

「それが今やるべき任務ののか?」

「いや、下命された任務を淡々とこなすが自分たちの務め、職責を全うしなくては。」

そんな自問自答を繰り返しながら私は瓦礫の原を歩き続けました。

亡くなった方、そしてその家族の方たちは大きな悲しみに襲われたことと察します。でも、非常時に逃げることが出来た人を生き延びさせるのも私たちの仕事だと思っています。
逃げることができた人たちに何の支援も出来ず、ただ遥か先まで瓦礫の続く地を歩き続ける。
果たしてそれが消防隊の取るべき行動だったのか、物資を背負って閉ざされた地域に入り被災された方に安心を届け健康を守ることをもっと優先するべきだったのではないだろうか、今もその思いは続いています。

消防には階級があり命令系統があります。

指揮本部や上司から命令された事は絶対に遂行するのがルールです。隊員のひとりひとりが自分の思ったことを自分勝手に行動していては災害防除という根本的な目的が果たせなくなってしまうからです。

災害現場で消防隊ができるのは被害を止めることしかできません。

火災でも救助でも消防隊が到着した時には被害が発生していて、ケガをした人、辛い苦しい思いをしている人が必ずそこにいます。
私たち消防隊はそれ以上に被害が広がらないようにすることはできても、被害を元に戻すことはできません。

そこで、

被害が起きない、受けない方法を多くの人に伝えておけば辛い苦しい思いをする人を減らすことが出来ます。
災害現場では一人の人を助けるために多くの隊員を必要としますが、
万が一の時の助かり方は一人の隊員だけでも多くの人に伝えることが出来るのです。

「消防」は「火を消し、燃え広がることを防ぐ活動」

「防災」は「災いを防ぎ、災害を未然に防ぐ取り組み」

どちらがより多くの人を災害から救うことができるでしょうか?

遅ればせながら、

このことに気付いた私は市民に自身の身の守り方、被害に遭わない方法を伝えていくことの必要性を強く感じ、それまでは担当者任せであった防災という分野を職場内はもちろん、職場にいない時にもボランティアとして広めていく活動を始めました。
今は職務に限らず地元やボランティアの場で、災害でのリアルな体験を語り、みんながひとりひとり本当に身を守るための行動がとれるようにその心がまえと方法を伝え続けています。

私はこれからも市民の皆さんには自信の守り方を、消防の仲間、市民リーダーの皆さんには仲間の守り方を伝えていきます。

どうぞこれからも宜しくお願いします。


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